芸能山城組“Symphonic Suite AKIRA”

芸能山城組“Symphonic Suite AKIRA”そもそもいいスピーカーが欲しいと思ったのは、このCDを買ったことがきっかけだった。高校生の頃に、深夜、テレビで放送していた映画“AKIRA”の音と映像に圧倒された。進学校の生徒でバイトもしていなかったぼくは、ろくにお金なんて持っていなかったから、散々中古屋を回ってレンタル落ちしたビデオを買った。もちろん、何度も観た。

ぼくにとって、この映画の価値の半分は音だった。

サウンドトラックももちろん買った。けれども、芸能山城組の“Symphonic Suite AKIRA”は映画のサウンドトラック盤ではない。文字通りアキラの世界を音で綴った交響組曲である。つまり、このディスクはこれだけで完結している。普通の劇伴音楽ではない。サントラ盤は、このアルバムを切り貼りして作られている。

映画“AKIRA”の監督大友克洋は、芸能山城組のユニークな音楽に興味を持ち、ぜひにと映画の音楽を依頼した。芸能山城組のリーダー山城祥二はそのプロジェクトに魅力を感じながらも、自分たちの活動形態やスケージュールなどを考慮し、当初はこの仕事を断るつもりだったらしい。何しろ、彼らは本業のミュージシャンではなかった。

もしも無理なら既発のアルバム“輪廻交響楽”から音を使わせて欲しい。それが、大友の答えだったという。相当の入れ込みようである。それを聞いた山城は、このアニメ映画史に残るだろう作品に、ありもののを音楽を使わせるわけにはいかないと、プロジェクトへの参加を決意する。そして艱難辛苦の末に完成させたのがこのアルバムだった。

大友克洋のオーダーは、劇伴ではなく芸能山城組の作品としてアキラの世界を表現して欲しい、というようなものだったらしい。だから、この音楽は映像に合わせて作られたものではない。多彩な音や声を駆使した作風から、劇中では音楽の一部がSEとして使用されるなど、思いがけない効果も生んでいる。これらの音が果たした役割はあまりに大きい。

当時、ケチャやブルガリアン・ヴォイスといった民俗音楽をはじめ、男声合唱、声明、ジェゴグ、ガムラン、シンセサイザーなど、あらゆる音文化を取り込んだ彼らの音楽性は、正しく唯一無二のものだった。エスニックな音が珍しくなくなった今でも、決して陳腐化していない。極彩色の一大音絵巻としてアキラの世界が脳内に展開する。

アシッドのごとく酩酊感を誘う圧倒的な音の奔流。その情報量はほとんどサブリミナルの領域に踏み込んでいる。脳を揺らす音圧に、陶然とした躁状態が作り出される。どうやら彼らは音楽によって祭祀の興奮を再現しているのである。しかも、既存の芸能を貪欲に取り込みつつ、時空間共にボーダレスな祭祀を生み出している。

演奏、録音、サンプリング、ミックスダウンなど、パッケージソフトとしてのクオリティもかなりのレベルでコントロールされている。好みにもよるだろうけれど、オーディオファンでも十分楽しめるレベルのできなんじゃないかと思う。ただ、かなりミックスに手が入っているため、自然音至上主義的なオーディオファイルには向かないかもしれない。

このソフト、実はDVD-Audio盤“Symphonic Suite AKIRA 2002”も出ている。

もちろん、買った。マルチチャンネルの再生環境があれば、元々意図されていた4.1chミックスの録音が楽しめる。クラシックやジャズであれば、客席の最高の位置からステージを見るというのが目指すべきリアルな音場の姿だろう。けれども、祭祀の場合は違う。より包囲的な音像が求められる。それを叶えるのがこのDVD-Audio盤である。

CD盤とDVD-Audio盤では、かなりミックスが変わってしまっている。そのため、聴こえてくる音の数、種類から、音量バランスまでほとんど別物になっているといっていい。どちらを気に入るかは、好みの問題だろう。個人的には、よりアグレッシブなCD盤が好みだ。ただし、この評価には、最初に聴いた衝撃という大きなバイアスがかかっている。

とりあえず、初めて聴こうという人には再生環境を選ばないCD盤をお勧めしておく。

普通の音楽じゃ物足りないという人は、とにかく買って爆音で聴くべし。

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